都々逸(ドドイツ)
江戸に流行った町人文化、主に恋の詩を詠ったものが多く情歌とも呼ばれる

美味しいワインが手に入ったので一緒に飲まないかと問うと、日本が笑顔で是と答えてくれたので、いそいそとフランスは日本の家に遊びに来ていた。
なぜ日本の家になったのかというと、ちょうど紅葉の時期ですからよろしければ如何ですか、と日本に打診されたからである。勿論フランスは二つ返事で了承した。
日本の家に着くと、日本は遠路はるばるやってきたフランスを労い、風呂を沸かしているのでよければどうぞと勧めた。お言葉に甘えてフランスが風呂をもらい、用意してくれていた浴衣を着て居間に行くと、すでに机には整然と料理とつまみが並んでいた。目にも美しい、軽い会席料理並である。

「うわ、すごいね」
「久々でしたので、少し腕を揮ってみました」

フランスさんは舌が肥えてらっしゃるので、こちらも気合が入ります、と言って日本は照れたように笑った。





あー…これが幸せか、と縁側でワイン片手に紅葉を見ながら、フランスは思う。
夕食はそれは美味しかった。自国の料理に比べれば薄味だが、それがまだ日本の料理だと実感させてくれて良い。程よい気候と、美しい紅葉。鑑賞に値する、整えられた庭。加えて、隣には愛しい人。
ワインなら、と日本はチーズとチョコレートを出してきてくれた。聞けば、今日のために買っておいてくれたのだと言う。気を回してくれたことが嬉しくて、フランスはもう少しで日本を抱きしめるところだったが、抱きしめると逃げられるので必死に耐えた。

彼を相手にすると、愛情を示すことさえこんなにも難しい。

フランスは笑う。
グラスに揺れるワインを飲み干して、徐に口を開いた。


「”君は野に咲くあざみの花よ。見れば優しさ寄れば刺す”」


フランスが呟いた聞き覚えのあるフレーズに、日本はきょとんと小首を傾げた。

「…どうしたんですかフランスさん。また風流なことをなさいますね」

「や、この前読んだ日本の本に載っててね」

フランスはすでにほぼ日本語の読みをマスターしている。好きなアニメの原作を自分で読めるようになりたかったからだ。 伊勢物語を原文で読んでみたいから、という理由で最近は古語にも手を出し始め、簡単なものならば解読できるまでに至った。
恐るべきは趣味に対する執念。
とも言えるが、ただ単に好きな人の言葉だから知りたいと思っただけというのが本音である。

「この歌を詠んで真っ先に日本を思い出したよ」

「そんな笑い混じりにおっしゃられても」

「真面目な顔した方が良い?」

きり、と表情を改めるフランスに、日本は諦めたようにため息をついた。
そして一口ワインを飲む。


「………”君は吉野の千本桜。色香よけれどきが多い”」


呆れたように呟かれた言葉に、フランスがきょとんと眼を瞬く。
そうして口の端を上げて日本を覗き込んだ。


「あれ、わからない?”これほど惚れた素振りをするに、こんな悟りの悪い人”」


日本が眉を寄せる。
くい、とワインを喉に流し込んで、空いたグラスを、とん、と脇に置いた。
そうして先ほどよりも重たいため息をつく。
フランスは待った。呆れでも苦笑でも、冗談でも、何かしらの応えが欲しかった。
余裕のある振りをしながら、実際には心臓が結構な速度で脈打っている。
日本に気付かれなければ良いなぁと頭の片隅で思う。

日本が憮然とした表情になる。
これは怒らせたか、とフランスが冗談だったと誤魔化そうとした瞬間、日本がぼそりと呟いた。


「生憎、私は蝉ではなく蛍ですから」


どことなく悔しそうな声音。からかわれること前提で口に出したものの、日本の意に反してフランスは何のリアクションも起こさなかった。言葉の意図に気付かなかったのか、無反応は珍しい。
不思議に思い日本が面を上げると、ほのかに顔を赤くしたフランスと眼があった。

「え」

「え」

つられて日本も顔に朱が上る。
ふたりして紅葉のように赤い顔をして、呆けたように固まった。

そして数秒後、フランスが勢い日本を抱きしめたことは言うまでもない。





恋に焦がれて鳴く蝉よりも
鳴かぬ蛍が身を焦がす