強い日差しの中を黙々と歩く。
目的地まで走ることが出来れば。そう思いつつ、そんな危険は起こせない。下手に走ると倒れそうだった。これまで本の中でしか知らなかった日射病、熱射病も他人事ではなくなってしまい、必死にアーサーは祖母に教えられた場所を目指す。


「この家の裏手に山があるだろう。中ほどに、それほど大きくはないが御社があるんだよ」

「オヤシロ、って何だ?」

「神様がいるところ。神社って聞いたことないかい」

「へぇ、こんな辺鄙な場所に日本の神がいるのか」

「日本は神様は唯一じゃないんだよ」

「は?」

「色んな自然、ものにも神様がいるとされているんだ」


言葉の意味がよくわからず眉を寄せるアーサーに、実際に行ってみたほうが早いよ、と言って祖母は笑った。
その場で詳細を問い詰めなかった理由は、祖母の笑顔が、昔祖父からもらったという宝物を見せてくれた時に良く似ていたからだ。大切な秘密をこっそりと伝えて、相手が驚くことを楽しみにしているような。これから先に何が起こるかを予測して、かつそれがとても素敵なことだと知っているような。

言ってしまえば、祖母がすすめるその場所に興味が涌いた。
日本の神がいるという場所を見ておくことも、後々何かの役に立つかもしれない。

好奇心に背中を押され、アーサーは30度を超える気温の中、歩き続ける。
のびのびと背を伸ばす道端の雑草も恨めしい。その元気さを少し分けてくれ。
15分ほど道なりに進んだところで、山の入り口らしき場所に着いた。そこらにある石を適当に積んで、気持ちだけ表面を削って平らにしたような石の階段がある。
階段の続く先を辿って見上げると、途中で何度か折り曲がっており、更に木々が生い茂っていて石段の切れ目は見えなかった。

ため息を吐きそうになって飲み込んだ。
別段アーサーに体力がないわけではない。しかしこの慣れない暑さの中、11歳の子どもがこの先の見えない石段を登るというのは、いささか酷ではないのか。Tシャツもすでに汗に濡れ、肌にはりつき気持ちが悪い。
けれど。

麦わら帽子を手に取って自身を数度仰ぐと、再び被りなおし、水筒から冷えた紅茶を1杯飲んだ。

よし、と声に出さずに気合を入れ、足を踏み出す。


その後はひたすらに階段を上り続けた。


少しは気が紛れるかと数え始めた段差の数は200を過ぎた辺りで諦め、幾度か道が曲がりくねっていたせいですでに地上は木々に隠されて見えない。今自分が山のどの辺りにいるのかさえわからなくなり、もはや何を目的にしていたのかも忘れかけていた頃、唐突に道が途切れた。

「…は?」

あまりの暑さと疲労に停止しそうになる頭を必死に回転させる。

これまで続いていた石段が、ない。
眼前には平坦な2m四方程度の地面、つまりは土。
左脇に、腕に抱えられる程度の、色あせた赤い前掛けをした雫型の石の像が置いてあった。
浮き彫りされた細い目と口。石像は笑っているようにも見える。

「まさか…これが」

神様?
と、思わず口から零れ出て、いやいやと首を振る。

そんなはずはない。
ここまで体力と時間を使って上ってきて、そんなはずはない。
ここが目的地だ、と満足して引き返せるほどアーサーは物分りが良くない。諦めも良くない。
少なくとも労力に見合った何かしらの収穫があってしかるべき。

ここで頑張った自分を労って山を降りることが出来れば、これ以上辛くはならないことは重々承知している。
それでも、ここまで来たらもう神様がいるという社を見るまで自分が納得できないことも理解していた。

半ば意地になってアーサーは辺りを見回す。平らな地面には雑草も生えていない。少なくとも誰かが定期的にここまで上ってきて、手入れをしている証拠だった。
どこか、他に上へと続く道がないか。

ふと、緑の木々ばかりの中に赤い色を見つけた。花だ。
ちょうど右手の方、石像の正面。
その鮮やかさに惹かれて近づくと、その赤い花が咲いている奥、木々に覆われていて見えにくいが、まだ僅かに道が続いているようだった。申し訳程度に均された土。獣道、とでも言うのか。

この際、上に続いていれば何でも良い。

赤い花を跨ぎ、獣道に足を踏み入れた瞬間、リン、と澄んだ鈴の音が聞こえた気がした。

アーサーは目を瞬いて辺りを見渡したが、自然色以外の何もない。上を見上げると、木々の葉が重なる隙間から微かに陽の光が見えた。
首を傾げながらも、高低差が少ない分、先ほどより楽になった道を進む。
ざっざっと、足元で砂利が音を立てる。

ふと気付いた。


涼しい。


陽が遮られているからか、風が出てきたのか。
石段をひたすらに上っていた時に比べ、明らかに気温が低い。

思わぬ幸運に気をよくしていると、木々の茂みの隙間、前方に手のひら大くらいの大きさの拓けた空間が見えた。確かに人工的に作られた石の地面が見える。
アーサーは思わず駆け出した。
早く、早く。

最後に、拓けた空間への道を覆い隠すかのように垂れ下がっていた木々を頭上に、申し訳程度の石段を駆け上がり、2本の石柱の間を通り過ぎると、そこは異世界だった。


アーサーはかすかに上がった息を整え、汗を拭う。

人の気配がない。

耳を澄ますと、木々が擦れる音。風が通る音。鳥の声。
アーサーの目の前には、小さな池と、こじんまりとした古びた社。
以前祖母に連れて行ってもらった京都で見た、金箔を貼られた美しい寺(鹿苑寺という名前だった)に比べ、華美なところは一切ない。よく言えば素朴で悪く言えば地味。
だが、今にも緑に飲み込まれそうな小ささなのに、そこに、ある。

存在感がないわけではないが、主張しすぎない。溶け込んでいる。
まるで一幅の画のように。


唐突に理解した。


この空間全てが、神がいる場所。


アーサーには特にこれといって信仰している神はいなかったが、その自分でさえ日常とは違う空気を感じた。
常とは異なる空間。礼拝堂で感じる神々しさとも、また違う。
あえて言い表そうとするならば、もっとこれは原始的な感覚。
上位のものとして崇め奉られるのではなく、気付けばそこに在る。
自然と腰を折り、礼を表したくなるような。

空間の異色さに圧倒されていると、がさりと社の裏辺りで葉が動いた音がした。
瞬間、アーサーは頭を振って現実に戻る。
手を握ってみて感覚を確かめる。周囲への注意も怠り、空間に呑まれたことは初めてだった。

狐かイタチか、何か動物でもいたのだろうか。
社の裏に回ってよく見ると、そこは行き止まりではなく、まだ先へと続く道があるようだった。道といってもほとんどが木々に隠されている。もはやこれは森だ。

深く考えず、そちらに向かって歩を進めた。
道があったから進む。疲労と暑さと予想外さで、考えることを放棄した頭が取った反射の行動だった。


「おや、やめておきなさい」


森に踏み入る直前、柔らかな制止の声が響いた。
思わず心臓を跳ねさせたアーサーは、勢い後ろを振り返る。
先ほどまで確かに人の気配はしなかった。


社の横に、いつのまにか黒髪の少年がいた。



2011.07.12
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すみません終わりませんでした…。
次こそきっと。